The Charlatans 来日決定(2010年11月)(iLoud)
シャーラタンズを生で見た最後は前回も今回も一緒に行った友人によるとおそらく1999年ではないか、ということでぐぐってみたが、確かに1999年の年末に来日しているので間違いないだろう。しかし年代を覚えるのが得意な奴だなあ。
談志家元の囁き落語を堪能した翌日に大音量のロックバンドを見物に行くのもなかなか落差が大きい。
客は外人も含めていまいち垢抜けない面々。恵比寿という立地なのに、どこから集まってきたんだろう。もちろん、その面々の一角を自分ががっちり固めていることは言うまでもない。
開演時間の19時を15分くらい回った辺りで登場。
以前、オアシスのライブを見に行って、あまりのつまらなさに困った思い出がちょっと頭をよぎる。彼らも自分の中では終わっているのか?
何の衒いも見せずに演奏開始。
う〜、いい。オルガンが気持ちいい。キーボードじゃない、オルガンだ。これを演奏するプレーヤーが着るブルゾンの裏地が赤のチェックというのがまたいい。普段着じゃないか。でも、これこそがこのバンドの良さなんだな。
脳腫瘍で倒れちゃったシャーラタンズのドラムスはパブロックの伝説的人物ルー・ルイスのツアーに参加しようとしていた(CD Journal)そうだが、なんだか納得。
この手のバンドの音楽は、イギリスではおそらく飲み屋辺りで空気のように流れ続けているのだろう。先端の部分などかけらもないイギリス固有の音楽。先端でない故、耳障りなところなど一つもない。でありながら、イージーリスニングのような薄っぺらさもない。地に足の付いた土着の音楽。「ロックバンド」という言葉がなんとも似合う。
イギリスにロックという音楽が根付いてから連綿と積み上げられてきた伝統をそのまま引き継いだのが彼らなんだろう。そして彼らが積み上げたものを後続があまり形を変えずに伝えていく。もはや血肉になっている音楽だから苦もなく引き継いでいけることだろう。100年後にシャーラタンズの名前を聞くことはないかも知れないが、似たような面々が似たような音楽を演奏していることだろう。
「底力のある音楽」とはこういうものを言うんだろうな。
だから、このバンドが終わるなんてことはない。これからもこういう骨太のロックを続けていくんだろうし、その手の音楽はいつ聴いてもいいもんだ。ニック・ロウなんぞを熱心に聞いていた自分としては、オルガンの音だけでちょっとうるっと来た。いいなあ、こういう音楽の需要があるって。
欠点としては新譜を買っても旧譜とどう違うのか分からない、というのがあるが些細なことだ。そのうち新譜を出すのも止めて、イギリス版グレイトフル・デッドになって欲しいもんだ。
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