2016/07/14

スティーヴ・マッケイ ディスコグラフィー

ミュージシャン名の入っていないものは、スティーヴ・マッケイ単独名義のソロアルバム

1970年 The Stooges ”Fun House"
https://en.wikipedia.org/wiki/Fun_House_(The_Stooges_album)
1981年 Ralph Shine Blues Band "The Ralph Shine Blues Band"
http://www.allmusic.com/album/the-ralph-shine-blues-band-mw0000847910
1983年 Various "Seaside Curios”(7インチシングル・ライブアルバム)
https://www.discogs.com/ja/Various-Seaside-Curios/release/2994394

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2016/07/10

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(7)

書くのが辛かった最終回

イギーの休養宣言により、否応なしにソロ活動を開始せざるを得なくなったマッケイだが、ストゥージズの活動休止直後から様々な仕事に取りかかったり舞い込んだりしている。
自身のフェイスブックによれば、ストゥージズ活動休止直後の2013年9月、雌伏期にThe Bay Area Boat Clubで共演していた面々、Third Thursday Bandとヴァイオレント・ファムズのブライアン・リッチーとともにライブセッションを行っている。
その後、ソニー・ヴィンセントに呼ばれてグレン・マトロックやラット・スケイビーズといった元パンク勢とのレコーディングセッションに参加する。

https://www.discogs.com/ja/Sonny-Vincent-Spite-Featuring-Rat-Scabies-Glen-Matlock-Steve-Mackay-Spiteful/release/6298999

更にマッケイは、2014年のストゥージズのスケジュールが宙に浮くことが分かった時点で、ヨーロッパツアーの準備を着手したようだ。

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2016/07/05

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(6)

今回は、ソロ活動への傾倒とジェイムズ・ウイリアムソンとの出会い

ロンとの確執によって”The Weirdness”のレコーディングから閉め出されたマッケイは、3rdソロアルバムに向けての活動を開始した。
マッケイのスケジュール上、長期間に渡ってあちこちで行われたレコーディングセッションをまとめる、という作り方は前2作と一緒だが、こちらは明確に「ソロアルバムを作る」ことを目的としたレコーディングセッションであり、どうなるか見えていなかったという前2作とは製作過程が大きく異なる。

マッケイはアルバムのために曲を書き、ストゥージズのツアースケジュールによってはツアー先で人とスタジオを手配し、録音した。例えばダブリンでライブを行った2008年6月にはESTELの面々とレコーディングし、フランス&モナコツアーが行われた2010年7月にはモナコに近いフランスのエズという村で録音している。

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2016/07/03

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(5)

今回は再結成ストゥージズへの参加とロン・アシュトンとの確執

2001年、ロン・アシュトンは元ダイナソーJr(今は現ダイナソーJr)のJ.マスキスが組んだユニット、J.マスキス&The Fogのツアーにパートタイムで参加して、主にストゥージズトリビュートのパートで共演することになった際、マッケイにサンフランシスコでの共演を打診した。
これを承諾したマッケイは、サンフランシスコのGreat American Music Hallのステージに上がり、ロン・アシュトンと30年ぶりに”Fun House”と”1970”を演奏した。

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2016/06/18

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(4)

今回は雌伏期から復活への兆しと死亡説の数々。今回もストゥージズのメンバーは最後の1行に出るだけです。

マッケイは80年代後半から90年代を通して本業は電気技師だったが、音楽業界から足を洗った後は30年間ギターを握っていなかったジェイムズ・ウイリアムソンと異なり、業界と全く関係を断ち切ったわけでもなく、ヴァイオレント・ファムズ絡みのライブには呼ばれれば参加していたようだし、コマンダー・コディのレコーディングにも参加して音源を残している。

https://www.discogs.com/ja/Commander-Cody-And-His-Lost-Planet-Airmen-Aces-High/release/5827934

(7月10日一部修正)
また、The Bay Area Boat Clubというお金持ちが集まる場所で毎月第三木曜日にライブを開いていたそうだ。おそらくラウンジ・ミュージックみたいなものを演奏していたと思われる。
開催日から「Third Thursday Band」と名乗った彼らは他のクラブにも出演していたそうだが、マッケイ自身は音楽に専念する気は起きなかったようで、継続的な活動には繋がっていない。

ところが、21世紀を迎えて自分の息子くらいの歳のアヴァンギャルド系ミュージシャン、スコット・ニーデガー(Scott Nydegger)と出会って以降、音楽キャリアが徐々に好転していくことになる。

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2016/06/13

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(3)

今回はベイエリアに引っ越した後から雌伏期に入るまで。
残念ながらストゥージズの面々は、イギーが最後に出るだけです。

ベイエリアに辿り着いたマッケイは、次に参加するバンドについて、ジョージ・フレインを頼る。彼はカントリーロックバンド、Commander Cody and his Lost Planet Airmenのフロントマンで、出身地はアイダホ州だったが、バンド自体はアナーバーで結成されていた。マッケイと彼らとはイギーとの出会いのきっかけになった学園祭で共演してからの縁だったらしい。第一期Carnal Kitchenのラストコンサートでも共演している。このバンドは現在も活動中で、セールス的な最盛期はワーナーと契約していた1975年までだったようだが、その後もコンスタントにアルバムは出している。

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2016/06/12

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(2)

今回はストゥージズへの参加と離脱、その後のアナーバーでの活動まで

ロックバンドとサックスプレイヤーという組み合わせは、ある時期からダサいこととされ、デヴィッド・ボウイがサックスを持ってステージに上がるまで、サックス奏者がロックバンドのフロントに立つことはイキった若手の間では問題外だったようだが、どういう発想からかストゥージズは1970年の時点で「ホーンはホーンでもセクションではなくソロのサックスを導入し、フリージャズみたいに吹かせる」という結論に至った。

1970年の春、マッケイはイギーから運命の誘い、デトロイトで行われるストゥージズのジャムセッションに参加して欲しいとの依頼を受ける。レコードショップを辞めて参加してくれ、という依頼だったそうなのでオーディションという意識はあったようだ。
マッケイ曰く
「コーヒーを通してストリートからストゥージズに辿り着いた」

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2016/06/09

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(1)

まずはイギーとの出会いと友人関係になるまで

この駄文は、ストゥージズがロックの伝説となるために重要な役割を果たしたスティーヴ・マッケイの経歴を、自分の母国語で書き残しておくのが微力ながら彼の偉業への賛辞になるかと思い、したためた。
どなたかの参考になれば幸いと思う。

ストゥージズの傑作「Fun House」は聴き取れる様々な音楽要素からプロトパンクと言うよりもポストパンクの祖を思わせるアルバムだが、そのミクスチャーぶりを決定づけているのがスティーヴ・マッケイのサックス。
レッチリのライブ終わりにフリーがトランペットを吹き鳴らすパートも、マッケイがいなければ存在しなかったかも知れない。

そんな重要な存在ではあるが、日本語で「スティーヴ・マッケイ」とぐぐると166件しか該当しない。そのほとんどが死亡記事か、元Pulpのベーシストや総合格闘家といった同姓同名の人達のニュース
ちなみに元Pulpのリーダー、ジャーヴィス・コッカーの2ndソロアルバム”Further Complications"には本稿とベーシストのスティーヴ・マッケイが顔を揃えている。
死亡記事以外で彼の名前が大きくクレジットされた日本語の文章というとこれくらい。

http://onyak.at.webry.info/200506/article_8.html

尤もこの方はSmegmaのファンであって、マッケイにはゲスト以上の興味はお持ちになっていない模様

英語で「Steve Mackay」とぐぐると打って変わって35万件該当するが、先頭に出るのはやっぱり死亡記事で、他の記事も基本「名前が出ているだけ」の記事が多い。
そんな英語記事の中で珍しく彼が自分の経歴について語っている記事を2本見つけた。
本稿ではこれに加え、”Sometimes like This I Talk”のライナーで、スコット・ニーデガーが語っているマッケイ復活までの経緯とWikiを参照の上でまとめている。

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2016/06/03

Sometimes Like This I Talk


Wikipedia

(2016年7月23日、このアルバム製作の背景などがある程度はっきりしたので全面改定)

以下は本作のブックレットから。

“2003年にコーチュラでストゥージズが復活したが、私は、自分を一足先に復活させてくれた新世代のミュージシャンたち、スコット、カミール、そしてRadon Emsenblesの面々と一緒にポートランドからポルトガルに飛んだ。まあ、彼らに発見されなくても私が生きていることくらいヴァイオレント・ファムズはちゃんと知っていたがね!
いくつかのトラックは"Michigan and Arcturus"(Radon)や"Tunnel Diner"(Qbico)といったリリース済みのものと同様に、ストゥージズのツアーやレコーディングの合間合間に(ありがとう!ジム)行われた、これまでの全てのセッション(クレジットを見てくれ)から構成を練り、歌詞を添えた。その結果がこのコラボレーション集だ。この作品に関わった全ての人々と妻(最高の友人で、私のボスだ!)に心からの感謝を捧げる。

自分は間違いなく神に祝福された幸運なサックス奏者だ。グランド・ラピッズ出身の小僧にしては、悪くないな。

2010年7月
フランスのどこかのホテルで
スティーヴ・マッケイ"

スティーヴ・マッケイの3ndソロアルバム
このアルバムをリリースした時期のマッケイのバイオグラフィーは、僭越ながらこちらを参照していただきたい。

スティーブ・マッケイ バイオグラフィー(6)

上記イメージはアナログ盤のジャケットで、CDはこの真ん中を斜めに切り取ったようなデザイン。

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2016/05/08

Ready to Die


Wikipedia

内容はKill City
正確に言うと、予算も機材も揃った状態で録音されたKill City
同じくジェイムズ・ウイリアムソンがプロデュースしたRaw Power(実質プロデュース)やNew Valuesにも通じる部分があるが、Raw Powerほどエッジではなく、New Valuesほどソフトでもないので、やっぱりKill City。
スコット・サーストンも参加しているし(#9の”Beat that Guy”でキーボードを弾いている)。

自分も諸兄同様Kill Cityを気に入っているので、Kill City風味の本作ももちろん気に入っている。

本作にあってKill Cityに無いのはそこはかとない哀愁。勢いはあるのにどこか物悲しい感じが漂うBurnから始まり、スコット・アシュトンが作曲者に名を連ねるThe Departedでしめやかに終わる本作は、ジャケット共々“滅びの美学”的なものを感じさせてくれる。
そういう美学を力むことなく提示できるのが経験を重ね倒したベテランの余裕なんだろうが、聴いていると「男は死ぬと分かっていても戦わねばならない時がある」「もののふの道と云ふは死ぬことと見つけたり」という言葉が自然と脳裏に浮かんできておっさんのボンクラ魂が点灯するという、世にも珍しい作品に仕上がった。かつての自分を思い出して点灯するのではない、リアルタイムの自分の中で点灯するのだ。

アメリカでも評価は高く、ストゥージズのアルバムとしては初めてビルボードのTop 100にチャートインしている。

5/19訂正:"Raw Power"が52位にチャートインしている。ケアレスミス。

http://www.billboard.com/charts/billboard-200/2013-05-18

ヨーロッパでは当然のことながら各国チャートにチャートイン。

http://www.officialcharts.com/search/albums/ready%20to%20die/

http://www.lescharts.com/showitem.asp?interpret=Iggy+And+The+Stooges&titel=Ready+To+Die&cat=a

ちなみにKill Cityにあって本作に少ないのが疾走感あるいは焦燥感。これはベテランの余裕と引き替えに失ったと言えるか。

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