2009/01/01

新年のご挨拶

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年早々風邪を引いて寝込んでいました。避けようのない寝正月。
今年もいいことありそうな。

ところでRSSで見ていたら「炎のいけにえ」のサントラ(要iTunes)が本年正月に新規追加になったとか。
新年早々なかなか気色良いジャケット。モリコーネってこういうクズ映画でもちゃんと仕事するからえらいなあ。そうだ、これを新年の誓いにするか。どんな仕事でも一生懸命すること、、、か。仕事がそもそも見つからない人々には失礼な話だな。

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2008/01/01

新年のご挨拶

新年のご挨拶

壁が汚れてるなあ。

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2007/01/01

遅ればせながら年始のご挨拶

明けましておめでとうございます。
このような拙文を貴重な時間を割いてご高覧頂いている旨、大変に感謝いたします。
旧年は上半期末と下半期末で仕事が立て込んでいたり、いろんな意味で燃え尽きかけていたりと色々あって更新が滞った時期がありましたが、このように続いているのもひとえに「見てくれている人がいる」というだけで、モチベーションを新たにする事が出来たからです。
これからもよろしくお願いします。

さて、年始の挨拶というと思い出すのが赤瀬川原平の「外骨という人がいた!」(Amazon.co.jp)で引用されている宮武外骨の言葉。
年始の挨拶の葉書版・年賀状という物はかつて年始の回礼が終わった後に書くのが通例だったそうで、要するに「年賀に書くから“年賀”状」というのが正統だったらしい。
「官が『年賀状は何日までに』なんて言うな」なんて事を書いているところをみると、年賀に着くから、という考え方は郵便制度が確立してからなのかも知れない。
つまり、年末の繁忙期を更に込み入らせる「年末に年賀状を書く」という行為は単に郵政側の都合に乗せられただけという見方も出来る。

という事は元日になってから年賀状を電子メールで送る、という行為は全くもって日本の伝統に則った正しい行為であって、むしろ「伝統」と「電脳」の幸福な融合とすら言える。

てな訳で、個人的には郵政公社が
「年賀状を出すと電子メールで年始の挨拶を送るよりこれだけ省資源化に繋がります」
という具体例を挙げてくるまで年賀状を書く気には全くならない。
え? 電子メールを使えないおじいちゃん、おばあちゃんへは礼を失してしまうって?
会いに行きなさい、会いに。年賀状を書かない分、身体が空くでしょう。

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2005/10/05

疾り続ける男達

三浦知シドニー移籍発表 J1見えれば移籍消滅(スポナビ)

オリックス 清原と交渉へ(スポナビ)

疾ると書いて「はしる」とは読まないと思うが、まあいい。
人生とクルマの先達、徳大寺御大が言ってる事だし。

それぞれの球界を代表する38歳が、新たな挑戦へ。
2人とも全盛期はトリックスター扱いだったので、こういう事になるなんて誰も当時は想像できなかったが。
ただ、キングは「まだまだ何かできそうな気がする」、番長は「やり残した事が多すぎる」という理由で続けているんじゃないだろうか。まあ、他人の勝手な感想だけど。

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2005/09/18

裏モルツ改めプリティ長嶋とカメちゃんズ

というのが正式名称らしい。本当かどうかはさすがに分からない。気になる方は(有)あずさ2号まで。

ちなみにポスターの画像が手に入った。露骨に合成な写真からしてイイ。

poster

※ クリックで拡大(370KB)

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2005/09/16

裏モルツ・続報

裏モルツのメンバーが判明。

メジャーどころは松永浩美、西崎幸広、河野博文(ゲンちゃん)、川口和久、カズ山本、香川伸行。
それぞれキャッチコピーが付いていて、松永は「日本球界最強のスイッチヒッター」、西崎は「伝説のエース」、河野は「職人的火消し役」、川口は「左腕の貴公子」、カズ山本は「不屈の野球人」といった具合。香川だけ「ドカベンこと」とそのまんまになっていて笑える。持ち上げられまくりの中でゲンちゃんコピーだけが妙に地味なのも楽しい。

ちなみにチーム名は「プロ野球OB最強チーム」が今のところの正式名称のようだ。
確かにモルツの面々よりも身体は動きそうだから、プロ野球選手のOBチームとしては最強かも。

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2005/09/15

裏モルツ

香川OG・愛媛MPがプロ野球OBチームと交流試合(四国アイランドリーグ)

注・PDFファイルです。

四国アイランドリーグ公式サイト

よくもまあ、ここまで30男泣かせな「記録より記憶に残る」系の選手が集まったなあ。
ポスターは更に男泣かせ系のデザインらしいが、現物を見ていないので何とも言えない。

ちなみに、なぜか前座で狩人のミニライブが行われるが、実はこのOBチームの発起人・松永浩美が同じ事務所、というか狩人が社長を務める事務所に所属しているから。

ぜひ表モルツと対戦して欲しいところだが、松永浩美は先輩を先輩とも思わない豪快なやんちゃくんなので難しいらしい。
まあ、表モルツと対戦しないにしても全国巡業はして欲しいな。

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2004/12/15

捨て身、あるいは開き直り

一茂氏が代表特別補佐に 巨人、球界にアドバイス(スポナビ)

身を削ってまでのウケ狙いはこのチームのキャラじゃないと思うんだが。

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2004/11/22

スポーツニュースで気づかされた事実

読売巨人軍創立70周年記念(札幌ドーム)

往年のプロ野球名選手が札幌ドームで大暴れ(Brain News Network)

そう言えば川上哲治の死亡記事って、まだ読んでなかった。

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2004/11/21

オフトパターン

神戸、本命トルシエ監督と交渉(日刊スポーツ)

欧州の代表チーム、クラブチームへの自薦他薦で騒がれたトルシエだが、アジアから足抜けするには西欧での実績が不可欠(オジェック、ケッペル、ヴェンゲル、ヒディング、ケイロス)という今までのパターン(オフトパターン)を覆すことは出来なかった。

スロベニア代表監督だったベルデニックが日本にハマッて抜けられなくなったことを考えれば、主な実績は「日本代表で若手を育てました」だけでは厳しかったか。

都並氏が仙台の監督に(日刊スポーツ)

でもフランスリーグの監督には、アフリカ各国代表での実績を認められて就任した人が結構いるようだ。
今のパリSGの監督もそうだと思った。
アジアでの実績が認知される日もそう遠くはない、と思いたい。
それまでトルシエのキャリアが持ちこたえられるかは別の話だけど。

しかし市原監督就任翌年には目の覚める思いをさせられたベルデニックサッカー。
名古屋時代から怪しくなり始め、仙台では復調したと思ったら連敗、と安定しなかった。
体力勝負のサッカーだっただけに、試合数の多いJ2では厳しかったのかも知れないが、それ以前にたまたま当時の市原のメンバーとベルデニックのサッカーが上手いこと噛み合ったのかも知れない。
まあ、ウェズレイに「走れ! 守れ!」と言うのも無理があったよな。

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