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2018/07/16

Behind The Shade: James Williamson & The Pink Hearts

Behindtheshade

齢68歳にして、ザ・ストゥージズの元リードギタリスト、ジェームズ・ウィリアムソンが初めて自身のタレントの全貌を示した作品。

イギー先生、これだけのソングライティング力を持つアレンジャーはやっぱりキープしておいた方がいいんじゃないだろうか。
2人の間でいろいろあったっぽいことはWiki執筆中に分かったが、それでも人間的な合う合わないは割り切って仕事関係でキープしていて損はないと、このアルバムを聴いた後では断言できる。

日本版Wikiにも書いたが、ジェームズ・ウィリアムソンというギタリストは、セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズとダムドのブライアン・ジェームズが影響を認める発言をしていて、

後続世代のミュージシャンではジョニー・マーが折に触れて名前を挙げている。
この3人に名前を挙げられているだけでも、まさしく「伝説のギタリスト」と呼ばれておかしくない存在であるうえ、そもそもRaw Power自体が時代を超えて大変な影響力を持つ作品で、そのバックトラックの統括者だったウィリアムソンが直接間接問わず後続世代に影響を与えていないわけがないんだが、これまでの活動が
「常にイギーとセット」
で、しかも、本人が30年近く音楽業界を離れていたためもあってストゥージズやイギーに対するコメントもほとんどなく、なんとなく「昔のイギーのギタリスト」みたいな地位に収まって、そのタレントの全貌は不明なままで終わるものと思われていた。(本人含む)

ところが、再結成ストゥージズでロン・アシュトン他界の後にイギーが「ソルジャーで喧嘩別れしたウィリアムソンを呼ぶ」と言い出し、それが実現するという奇跡が起きてしまう。
ソニーエレクトロニクスで副社長を務めるという「この世の勝ち組」ウィリアムソンがストゥージズに戻る理由はゼロだったはずだが、ソニーの業績悪化とリストラしなきゃいけないという状況を見て「ならば自分をリストラする」と決断したらしい。

とはいうものの
「イギーとセット」
という状況に変化があったわけじゃないので、「結局この人、独り立ちするとどういう人?」という疑問が解決されることなくストゥージズは活動を休止してしまう。
ウィリアムソンはなし崩し的にソロ活動に移行するつもりはあんまりなくて、それが「Re-Licked」なんてストゥージズの旧マテリアルをその時点のメンバーでカバーするというアルバムを制作した理由らしいが、もともとイギーが提案していたアイデアだったこともあって、逆にイギーとの決裂が決定的になってしまった。
そして、この作品も
「イギーとセット」
の楽曲を違う人に歌わせてみました、という内容で、相変わらず「で、この人どうなの?」という疑問に答えるものではなかった。

実際には本人もインタビューでソロ活動について「作曲を継続的に続けていくことが自分にできるのかを見極めている」と語っていることから、独り立ちできるものなのかどうか自分でもわからなかったらしい。

そして、映画「ギミー・デンジャー」でストゥージズが評判になっている時期をほぼスルー。ストゥージズの伝記本「トータル・カオス」や映画「アメリカン・ヴァルハラ」でイギーがウィリアムソンをディスっているのもスルー。散発的なEPリリースだけでスルースルーの2年間を過ごした後に、この『Behind the Shade』が姿を現した。

正直、最初の発表曲「Riot on the Strip」はストゥージズに寄せた楽曲で、SNS界隈では「やっぱヴォーカルはイギーがいい」という評判ばかり目立つことになったが、

そのあとに全く毛色の異なる「Pink Hearts across the Sky」をレディオヘッドの「Paranoid Android」を思わせるアニメPVとともに発表。

「読めん…」と好事家(※)が諦めたあたりで、『Behind the Shade』が発表された。
※率直にいってウィリアムソンのソロを期待しているのは好事家くらい。

姿を現したこの作品、CDがオマケというお買い得なLPを入手して早速聞いた好事家の末席を汚す自分の率直な感想を言えば
「アメリカの音楽業界って、こんな才能の持ち主を30年間放っておけるんだ…」

一言で言うと「イイ感じのアメリカンロックの詰め合わせ」なんだが、置きに行った音が一つもなく、しかもギタリストのソロ作品にありがちな弾きすぎ問題もなく、さらに怖いのが通して聴くと
「「Riot on the Strip」はわざとストゥージズっぽく書いた」
のが分かってしまう点。
「Riot on the Strip」では無理にデス声出してる感じだったフランク・マイヤーやペトラ・ヘイデンが他の曲では気持ちよさそうに歌っている。
ちなみに「イイ感じ」を説明すると「聞いたことある気がするんだが実はどこにもない」という感じ。世はこれを「キャッチー」と呼ぶ(合ってる?)。
これは『Kill City』やイギーのソロ『New Values』の提供曲「Don’t Look Down」でも感じた感想。「Don’t Look Down」なんてイギーと自身との共作曲を差し置いてデヴィッド・ボウイ大先生がカヴァーしてるんですぜ、『Tonight』で。まあ、『Tonight』の出来についてはいろいろ思うところがある人が多いだろうし、自分もあのカヴァーバージョンにはピンとこないけど。

つまり、この作品がある意味で空恐ろしいのは、ウィリアムソンの以下のタレント
「キャッチーな曲を書き、キャッチーなアレンジを適用することができる」
「その時々のメンバーに合わせることができる」
が今更判明してしまったことで、『Ready to Die』でも思ったが、この人はやっぱり「純正ギタリスト」じゃなくて「プロデューサー/アレンジャー」なんだろう。
こんな、ほとんどのミュージシャンが喉から手が出るくらいに欲しがるタレントに加えて
「真似できそうでできない、“あの”ギター」
があるんだから、一体なんなんだ。卑怯だ。最近、若干煮詰まり感のあるジョン・フルシアンテは相談してみろ。多分、ウィリアムソンがラジオNIKKEIで好みとしてあげたギタリストは君だぞ(名前は忘れてた)。それと活動を停止したんだかしてないんだかよく分からんローゼスのジョン・スクワイアとか。

あと曲調的には「アメリカンロック」というか「アメリカンロックンロール」ではあるんだが、土臭さとか暑苦しさみたいなドメスティックなところは綺麗に省略されているため、むしろパブロックとかシャーラタンズとか、イギリスのクラシカルなロックバンドの肌触りに近い。そのせいか、フランス版ローリングストーン誌で高評価を得ているし、オルタナ系の小規模な音楽媒体でも評判が良い模様。

ただし、イギー先生が『Post Pop Depression』では勿論、『Ready to Die』でも見せていた「ヒリヒリしたとんがり具合」には欠けている嫌いはある。
また、イギー先生はシンプルなバンド構成がお気に入りらしいので、ホーンとストリングスがばっちり入ったこのアレンジを気に入るのかどうかも微妙なところ。
それでもキープしておいても損はないぞ、イギー先生。一緒に来日してください。 (Facebook)
何だったら、スコット・サーストンも引き連れて。

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