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2016/07/10

スティーヴ・マッケイ バイオグラフィー(7)

書くのが辛かった最終回

イギーの休養宣言により、否応なしにソロ活動を開始せざるを得なくなったマッケイだが、ストゥージズの活動休止直後から様々な仕事に取りかかったり舞い込んだりしている。
自身のフェイスブックによれば、ストゥージズ活動休止直後の2013年9月、雌伏期にThe Bay Area Boat Clubで共演していた面々、Third Thursday Bandとヴァイオレント・ファムズのブライアン・リッチーとともにライブセッションを行っている。
その後、ソニー・ヴィンセントに呼ばれてグレン・マトロックやラット・スケイビーズといった元パンク勢とのレコーディングセッションに参加する。

https://www.discogs.com/ja/Sonny-Vincent-Spite-Featuring-Rat-Scabies-Glen-Matlock-Steve-Mackay-Spiteful/release/6298999

更にマッケイは、2014年のストゥージズのスケジュールが宙に浮くことが分かった時点で、ヨーロッパツアーの準備を着手したようだ。

実際、2013年9月にストゥージズがツアーを終えた直後に「Steve Mackay 2014 Europe Tour」というフェイスブックが立ち上がっている。

https://www.facebook.com/Steve-Mackay-2014-Europe-Tour-162812997253048/

そのツアー開始前にウイリアムソンのストゥージズブート音源リブートプロジェクト”Re-Licked”に参加し、年末には先のThird Thursday Bandとクリスマスライブを行い、明けて3月頃に”Re-Licked”についてイギーが聞いているの聞いていないのと短期間揉めたのを見届けてから、ツアーに出発した。

ツアーの同行者はBUNKTILTというフランスのインプロビゼーションバンド、Radon仲間のKamilsky率いるKoonda Holaa、ベルギーのロックバンド、SpeedBall Jrとという面々で場所によってみんな一緒だったり1組だけだったりと色々変わったらしい。Youtubeでは割とこの頃の動画を見ることができる。
Koonda Holaaを除くとストゥージズのカバーで売っているバンドらしい。フェイスブックにも名前が突然出てくるので、誰の人脈と言うことではなく、ブッキングエージェントからの紹介と思われる。

http://bunktilt.weebly.com/--steve-mackay.html
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=10152337899023169&id=97074156760&story=S%3A_I97074156760%3A10152337899023169

また、フェイスブックを見ると単独名義のツアーだけでなく、Natalie de Manという人のポエトリー・リーディングでバックを務めたり、ドイツのロックフェスにゲスト参加したりしている。

https://www.facebook.com/events/535651999887081/
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=225717380962609&id=162812997253048

基本的にはヨーロッパを中心に活動していたようだが、アメリカでは5月にワシントン州で開催されたライブフェス、Sasquatch! Music Festivalで再結成ヴァイオレント・ファムズと何度目かの共演をしている。これはゲッティに写真が残っている。3日間のフェスのうち2日目に登場しているが、1日目のトリがQueens of the Stone Ageだったというのも不思議な縁

ちなみにBUNKTILTとのライブではインタビュー映像がYoutubeに残されている。元気はいいが、年齢の割にかなり老け込んでいる感じで、体力的に厳しくなってきたのかな、と思わせてくれる。

https://youtu.be/zrX2UOZIMrU

そして久々のRadon仕事として、7月に中国は上海に飛び、Round Eyeという彼の地のパンクバンドと共演する。
Wikiではニーデガーの人脈と書いているが、Round Eyeのインタビューに依れば、2012年に北京でマッケイとニーデガーを見たRound Eyeからアプローチしたそうで、ニーデガーは連絡を受けてマッケイと調整したというマッケイ側のマネージャーとして関わった形らしい。Wikiのマッケイの項目は分からなくなるとニーデガーを出す傾向にあるな。

http://www.cityweekend.com.cn/shanghai/article/interview-round-eye

その後、ヨーロッパに舞い戻り、ツアーを9月頃に終わらせたマッケイは、年末にソニー・ヴィンセントとセッションアルバムのプロモーションを行い、これで2014年の仕事は終了した。

https://www.facebook.com/DAZEDGrungeRockerAuthor/posts/570057509794455?story=S%3A_I408092269324314%3A570057509794455

また、推測だが2014年10月から2015年の初頭のどこかでRound Eyeのレコーディングに参加したようだ。

http://runnamucks.com/rippingrecords.html

明けて2015年は春にまたヨーロッパツアーをするつもりだったらしいが、上手くいかなかったらしい。

https://www.facebook.com/Steve-Mackays-second-time-around-2014-838797036145124/

そのためか、この頃のマッケイは本気で暇だったようで、フェイスブックを見ても昔の音源がぽつぽつ載っているだけという状態
ヴァイオレント・ファムズのホーンセクション、The Horns of DilemmaのFacebookを見る限りでは3月に彼らのライブに参加したとも思えるが、バックステージに遊びに来ているだけにも見える。(Wikiではライブに参加したことになっている)

https://www.facebook.com/323632364494029/photos/a.323634404493825.1073741827.323632364494029/343707339153198/?type=3&theater

自身のフェイスブックでは何も言っていないので、おそらく共演していないように思える。

6月にマッケイは再び中国に飛び、Round Eyeのレコードリリース記念ツアーに同行する。これもYoutubeに上がっている。結構、しっかり付き合っているところを見ると、ヨーロッパ各国よりも中国の方がギャラの払いが良かったのかも知れない。

https://youtu.be/550kp4itBl8

同時期に上海のコーディネーターらしき人物のインタビューを受けて、この映像がYoutubeに載っている。
おそらく生前最後の動画だと思われるが、60代とは思えないようなお爺さんみたいな外見としゃべり方になっており、体力面での心配は確かに感じさせてくれる。

https://youtu.be/eUfTQwz3alI

7月にはスロバキアの音楽誌のインタビューで「時期は未定だが、ソロアルバムを製作する予定」「Radonから自費で出した”En Voyage”を再構成して再発する予定」と創作意欲は衰えないところを見せてくれている。また、ストゥージズが再開したら参加する、とも語っている。

しかし、残念ながらいずれも実現することはなかった。

2015年9月、マッケイは臓器不全に端を発した臓器損傷から敗血症を発症し集中治療室に運び込まれる。
ウイリアムソンはステートメントを発表し、彼と彼の夫人を励ました。
「我々の思いと祈りはスティーヴとパティ(夫人)にポジティヴな結果がもたらされることに向けられている。我々のライヴにおける彼のパートは常に力強さをもたらしてくれた。また、昨年の私のソロアルバムにも参加してくれて、数曲共演した。独特の彼の表現は、全て彼自身に由来するものだ」
しかし1ヶ月の闘病後、周囲の祈りも虚しく2015年10月10日、スティーブ・マッケイは永眠する。享年66才
今回は残念ながらデマではなかった。

半年後の2016年2月27日、マッケイの終の棲家があるカリフォルニア州パシフィカでトリビュートコンサートが開催され、マイク・ワットやジェロ・ビアフラといった親しかった面々が参加した。イギーは参加できなかったが、ワットのiPhoneを通じてマッケイに捧げる詩を披露した。

http://www.brownpapertickets.com/event/2494813

また、その前の2月24日にストゥージズ復帰直前の時期に縁が深かったラジオ局KFJCが追悼番組を流している。

https://www.facebook.com/notes/loren-kusf/kfjc-897-fm-steve-mackay-tribute-22416-archived-mp3-hear/10153971420032302/

これはアムステルダムのラジオ局でも流れたそうだ。

http://www.radiofreeamsterdam.com/homage-to-steve-mackay-part-1/

「スティーヴは古き良き60年代のアメリカの男だった。寛大で、出会った誰からも愛された。いつも吹き鳴らすためにサックスを傍らに置いていた。彼は私の道を明るく照らし、世界を輝かせてくれた。彼はグループと自身の世代の誇りだ。彼を知るということは、彼を愛するということと同義だ。」
ーイギー・ポップ

「スティーヴは史上初の偉大なロックンロール・サックス奏者に留まらない。彼の残した演奏をトータルに見れば、初期のロックンロールの騒々しさとフリースタイルとフリーなインプロヴィゼーションを結びつけた最初の人物だ。」
ーブライアン・リッチー(ヴァイオレント・ファムズ)

「("Fun House"はそのミックスにより)まるで私が2人いるようだったが、最高にクールだった。何故、これが素晴らしいことかというと、私が(Fun Houseによって)他の人々のために新たな扉を開いた、と言えるからだよ。
私がバンドで演奏し始めた頃、サックスはダサい楽器だった。しかし今、インディーズのギグを見に行けばその半分にはホーンセクションがあるんだよ。自分が全てを始めた、というつもりはないよ。しかし、ジェームズ・チャンスがサックスを始めたのは私の演奏を聴いたからだ、と誰かに聴いた時は誇らしかったね。素晴らしいことじゃないか。」
ースティーヴ・マッケイ

参考資料(主なもの)
Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Steve_Mackay
Facebook
https://www.facebook.com/smackay49
インタビュー・PUNK GLOBE
http://www.punkglobe.com/stevemackayinterview1209.html
インタビュー・FEAR AND LOATHING
http://www.fearandloathingfanzine.com/steve-mackay.html
インタビュー・Galway Advertiser
http://www.advertiser.ie/galway/article/29391/steve-mackay-sax-man-talks-the-stooges-iggy-and-estel
インタビュー・EXBERLINER
http://www.exberliner.com/culture/music--nightlife/the-two-stooges%3A-iggy-pop-and-steve-mackay/
インタビュー・TimeOut Beijing
http://www.timeoutbeijing.com/features/Music/14944/Steve-Mackay.html
インビュー・Netky
https://translate.google.co.jp/translate?sl=auto&tl=ja&js=y&prev=_t&hl=ja&ie=UTF-8&u=http%3A%2F%2Fwww.netky.sk%2Fclanok%2Fsteve-mackay-planuje-vydat-solovy-album&edit-text=

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