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2016/04/09

Avenue B


Wikipedia

Avenue Bとはニューヨークの通りの名前。イギーが昔住んでいたらしい。検索するとWikipediaに通りの説明が掲載されている。もちろんAvenue AもAvenue Cもある。

日本でも世界でも「あのイギーがメロウに振ってる」ということでほんの少し話題になった作品。イギー自身の評価では「ヘヴィメタルじゃないが、ハードロックだ」ということになる。“ハードなロックンロール”ということらしい。

音作りはドン・ウォズのプロデュースワークなので、イギーらしいクセに欠けるといえば欠ける。普通のクラシカルなロック。
バックはハードロック・パンク勢は影を潜めてジャズな面々が集結。ドン・ウォズの人脈かと思ったが、そういうわけでもないらしい。メデスキ、マーティン・アンド・ウッドはブルーノートに所属していた時期で、この頃には国内盤も出ていた模様。ウォズは今、ブルーノートの社長だが声はかけないのかな。
ただ、ギター音はロック風味が欲しかったようで、Naughty Little Doggieにも参加していたホワイティ・カーストが再登板

iggypop.orgに掲載されたNMEのレビューは「小説ならヘンリー・ジェイムズ、映画なら『ヴェニスに死す』」と絶賛に近く、ルー・リードのMagic and Lossとかと対比している。Allmusicではボロクソ。その他ではレビューのバックナンバーが残っていない。おそらく低評価な内容で頼みの綱のiggypop.orgではアーカイヴしなかったんだろう。

本来、この作品とNaughty Little Doggieは売れて然るべき時期に発売された。

1996年にはトレインスポッティングが公開されてLust for Lifeがリバイバルヒット。1999年に公開されたイギーとボウイをモデルにした映画ヴェルベット・ゴールドマインもそこそこ受けた。実際に見た人は少ないかも知れないが話題にはなった。イギーはわざわざ「俺はボウイともミック・ジャガーともセックスしてない」と否定しなければならなかった。
そしてゲストギタリストがハリウッドスターのジョニー・デップ。まだパイレーツ・オブ・カリビアンでメガスターになる前だったので「触れる物みな黄金に変わる」ほどの存在ではなかったが、スターはスターだ。イギーのアルバムにあるまじき大変ポップなゲストだ。
ドン・ウォズがプロデューサーとして戻ってきたのはここでもう一押しと思ったからかも知れない。

しかし、無念にもセールス的には失敗した。
こんな駄文を書くのにもネット検索レベルの調査はするのだが、このアルバムは本当に情報が少ない。フランス語かドイツ語の情報ならもう少しあったのかも知れないが、自分は読めない。日本語はほぼない。リアルタイムでチェックできた人でないと、バックグラウンド情報を調査するのは日本語版のない伝記を読むしかないかも知れない。
その英語圏では、Allmusicではそこそこの長文で扱っているがバックグラウンド情報はない。それなりの情報が載っているのはiggypop.orgのみ。これ以外には、おそらくロックンロール・ホール・オブ・フェイムに合わせてローリングストーンに掲載されたイギーのバイオグラフィーに「老成と離婚がこのアルバムを内省的なものにした」という評価が掲載されているくらい。

この離婚は日本のファンの間では有名なイギーの日本人妻・Suchiさん(和歌山県出身)との離婚のことで、Wikipediaでは1999年となっているが、iggypop.orgでは1998年となっている。
どっちが正しいかはイギーの伝記を読めば分かるんだろうが、時期はそれほど大きな問題ではないので先を急ぐ。

確かにイギーの文系インテリ側面が前面に出た内省的な作品なのだが、自らを省みる「内省」に留まらないのがこの作品のポイント
落ち着いたメロディに乗せて酷すぎるセクハラ歌詞をメロウに歌い上げるNazi Girlfriendや、俺はスペイン語を話せるからラテン系と付き合うぜという身も蓋もない宣言をするEspanolなんぞは元妻への嫌がらせにも聞こえ、「離婚が影響を与えた説は本当かもな」と妙に納得がいく。泥沼の離婚訴訟に影響されて映画の中で嫁を絞め殺したクローネンバーグに通じるものがある(ザ・ブルード)。しかしNazi Girlfriendなんてドイツじゃ問答無用で発禁だったろうな。
前出のMagic and Lossは離婚じゃなくて友達の死に影響を受けているから、重々しさはAvenue Bの比じゃないが。

プライベートのネガティヴ体験も取り込んでしまうのがクリエイターの性であり、そういう意味ではイギーも見事なクリエイター根性を見せてくれたことになるが、それ故にドン・ウォズをプロデューサーとしてもう1回呼んできたというのはどういう理由であれ正解だったろう。彼クラスでないと沈むイギーを「我に返らせる」のは難しかったと思う。「我に返らせる他人」不在で本人だけで作っていたら、女への呪詛を延々と呟くという誰も聴かない素晴らしすぎる内容になっていたかも知れない。ザ・ブルードを愛する自分は聴くが。というか16年ぶりくらいに改めて聴いたら、このままでも結構気に入ってしまった。

国内盤の大貫憲章のライナーノーツは、Suchiさんとの馴れ初めは自分がDJを勤めていたツバキハウスだったなんて、今ここで言うな情報を教えてくれる。離婚していたことは知らなかったらしいがアルバムタイトルの由来やバックを務めたメデスキ、マーティン・アンド・ウッドの情報なんかも書いてくれているので、この頃よくオルタナ系のライナーで自分の思い出話ばかり書いていたロッキングオン系のライターよりはマシか。

4/18追記
ツイッターで指摘をいただいたが、Suchiさんとの馴れ初めは、実際にはツバキハウスではなく、中野サンプラザの2日目だったとイギー本人が語っているそうな。そう言われればその発言、どこかのインタビューで自分も読んだ気がする。

この作品以後、メロウなイギーはストゥージズ再結成後のソロまで封印されるが、逆の見方をするとストゥージズを再結成したのはソロで二面性を保ち続けるのが面倒になったからかも知れない。

因みに次作Beat 'Em Up製作時には、既に今のパートナー、ニナ・アリューと付き合っていたそうな。

参考URL
http://www.iggypop.org/avebreviews.html
http://www.iggypop.org/iggypopinterviews2001.html
http://www.rollingstone.com/music/artists/iggy-pop/biography

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