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2010/08/19

らくご@座・高円寺

先週は金曜日土曜日と座・高円寺2で落語三昧。

遊雀たっぷり、ときどき鯉昇(ざぶとん亭 風流企画:席亭風流日記)

こわくない写真(ざぶとん亭 風流企画:席亭風流日記)

金曜日は出遅れて遊雀の「風呂敷」をサゲの部分だけ。
続いて鯉昇の「船徳」。この人は登場しただけで笑いが取れるんだから凄い。
この夏、船徳聞くのは談春の独演会に続いて2度目。ま、今しなかったらいつするんだ、という噺ではあるけれど。こちらでは四万六千日の説明をしなかったので、それだけ「知っている」お客が多いって事なのか。
「こんなに身体を使う噺しなけりゃよかった」
といいつつ淡々と笑いを繋げていく芸風は、暑苦しくなくてこの季節にあってるなあ。
続いて二楽の紙切り。父親・正楽の思い出話をつらつらと語りながら切っていく。面白いけど、いつも思い出話を語っている訳じゃないだろう、とは思うが。あと、なんで芸協所属なのかなあ。親父は落語協会だったのに。途中で他の出演者が全員乱入して紙切り勝負、、、ってのは去年からのお約束らしいですな。
最後は遊雀。枕を早々に切り上げて「どうだい品川にでも繰り出そうか、、、」。
おっとこれは長講になるな、居残り佐平次。
佐平次が肺結核でないこと以外は正統派。肺結核云々は佐平次自身が居残りの理由として言うだけなので、本当に罹病しているのかどうかはそれほど大きな問題じゃないが。

ただし、個人的にはちょっと残念。
自分が佐平次を聞くときは幕末太陽傳のフランキー堺のように「こういう風に生きたいなあ」と思えるかどうか、という点に結構思い入れが左右されるので、一番いいのはやっぱり談志が演ずる「変な奴」。
興津要の速記本では、佐平次は仕事として居残りをしている、ということなのでそれが正統なんだろうが、そもそも論として「居残りって商売にしたくても、あっという間に噂が広がるから無理だろう」という考えもあるし、何事も仕事になったら大変だ、というがっかり感もある。

というわけで「旦那の頭がごま塩ですから」というサゲをちょっと複雑な思いで聞くことになった。

翌日は橘家文左衛門と林家彦いち。
2人のトークの後に文左衛門で「ちりとてちん」。この人は馬風っぽい個性なので普通に話しても面白いから得してる感じはあるが、落語は正統。受け狙いのくすぐりはほとんど入れない。
続いて彦いちで「青菜」。「また、『彦いちの青菜は暑苦しい』って書かれる〜!」というアドリブ通りのこちらはくすぐり多めの熱演。2人の芸風はかなり違うんですな。そういえば前日の遊雀と鯉昇も「熱演」と「飄々」という感じだった。番組編成の妙。
中入り後、お客さんからのアンケートを基にしたトーク。前座時代のいたずら話が色々と。
続いて彦いちの創作「長島の満月」。彦いち版「佐賀県」。記憶がシャボン玉として膨れてくるという設定が今ひとつ乗り切れないんですが。
トリは文左衛門の「笠碁」。待った禁止の理由は特に説明せずに、待ったをするところからさらっと開始。「碁会所の連中は上手すぎて私の相手にならないんですよ!」って一言が「ああ、噺を練ったんだなあ」と思わせてくれる。
この人は噺のかなり細かいところでちょこちょこと不自然さを取り除く演出が入るので、口ぶりと異なってかなり緻密な高座になる。ラジオデイズで「細やかな」と評価していたが、ほんとだな。

しかしこの会の出演者はみんな気合いが入ってるなあ。次の紀伊國屋ホールも見たくなった。

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