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2010/08/02

リーマンショック・コンフィデンシャル

(ハヤカワオンライン)

扱われている期間は1年に満たないのに700ページを超える大作。時系列的に描かれているが故に却って同時進行で描かなければならない場面が膨大になり、めまぐるしく転換していく。いわゆるグランドホテル形式(Wikipedia)。金融版ER。

もちろん登場人物も大変な数で、前半ちょい役のくせに後半再登場したりしてはっきり言って途中で覚えるのは諦めた。まあ、複線が回収されるようなミステリーじゃないからね。ミステリーと違って現実だから事件も解決しないんだが。

とはいうものの、物語が進行して行くにつれて自然に登場人物の色分けが出来てくるのが面白いところ。
主人公はポールソン財務長官。前半はもう1人の主人公としてリーマンブラザーズのCEOリチャード・ファルドが強烈な個性を発揮。慌ただしい物語を更に加速させる。リーマンが破綻してファルドが退場すると代わって主人公に躍り出るのがAIGのCEO、ロバート・ウィラムスタッド。ただし、「典型的なウォール街の銀行家」と描かれているようにファルドほど面白い人ではないのが残念。
全編に渡って助演するのがガイトナーNY連銀総裁とJPモルガンCEOのジェイミー・ダイモン。ガイトナーが主人公の相棒で、ダイモンがはっきり言って悪役。
他の登場人物というかCEOたちは叩き上げが多いのに対し、ダイモンは銀行家3代目。「ある程度最初から成功が約束されていた」なんていう作者の評価が悪役感を加速させる。ベア・スターンズ救済交渉を有利に勧めたり、ヤバくなった金融機関に「保証金を払ってくれないと、、、」なんて電話したりと、わざとそういう場面ばかり描いているんじゃないかと思わせてくれるくらいの悪役ぶりを発揮。ただし、他の登場人物が「まだ何とかなるのでは?」と思っていたときに「下手すりゃアメリカ金融が全滅するぞ」という危機感を最初に持ったのも彼なので、立ち回りが周りより半歩早く、ちょっとずるがしこく見えるのもやむを得ない。報道ではその名がよく取り沙汰されるベン・バーナンキFRB議長がほとんど登場しないのが案外なところだが、FRBは立法機関じゃないからか?

最後に政府が主要金融機関に力ずくで公的資金注入を呑ませるところで物語は終わる。
意外だが、この公的資金注入は政府の介入を嫌う金融機関(ウエルズファーゴ)は迷惑がり、JPモルガンも「これじゃライバルがみんな助かってしまう」と思いつつ渋々受けたんだとか。

この本に結論はない。
その時のアメリカの主要人物たちの判断が正しかったのかどうかは未だに議論されているわけだから、これは仕方がない。
五大投資銀行は全て消えてしまい(ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは銀行持株会社へと業態を変えた)、アメリカの失業率は高いままで、欧州の一部の国々は国債の格付けが下がり、、、と未だに世界は後遺症を抱えているが、あのときに対策を講じていなければもっと酷いことになっていたのかも知れないし、ならなかったかも知れない。

この本が教えてくれるのは、アメリカのおそらく最高クラスのホワイトカラーであろうと、人間というのは連絡ミス、間違った楽観、思い違い、個人的感情で後から見れば苛立たしいくらいに状況を見誤るんだ、という他の歴史でも確認できる事実か。
じゃあ、他の歴史書でもいいんじゃないか? という意見ももちろんだが、最新科学であったはずの「金融工学」という錦の御旗の下に「市場の秘密を解いた」と思いこんでいた人たちが、実はそんなことはなかったという点が興味深い。
人間は始皇帝の時代よりは知性的になっているのは間違いないとは思うが、根本のところでは太古からそれほど変わってはいないし、おそらく今でも我々は何かを勘違いしているんだよ、ということを認識するにはもっとも適している事後検証だと思う。
911とイラク戦争はテロリストとアメリカがお互いに勘違いしていただけだからね。

そんなわけで「投資銀行家は愚かだったかも知れない。でも、自分は? 儲かるチャンスが目の前にあってそれを捨てて清貧主義でいられるのか? みんながそういう状況に陥ったら? 誰がいつそれを止める?」という問いに対して「みんなに清貧主義を強いれば良いと思う」という人は読まなくても良いと思う。世間はそれを社会主義という。もちろん現実の社会主義は「指導層以外の全てに清貧主義を強いる」体制だったわけだが。

そうでない人は自らの懐疑主義を強化するために読んだ方が良いと思う。
やっぱり「ブラック・スワン」(ダイヤモンド社)とセットがいいかな。

ちなみにこの本の唯一のグラフィックとして三菱UFJがモルガン・スタンレーに援助した資金「90億ドルの小切手」を拝むことが出来ます。日米とも銀行休業日で送金できず、でも休日明けに送金がずれ込むとモルガン・スタンレーが潰れる可能性があったという理由から生まれた冗談みたいな存在だが、それだけ想像を超えた事態が起きたんだという証拠とも言えるかな。

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