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2009/04/23

「小人」って変換されません

「誰が小人を殺したか?」小人プロレスから見るこの国のかたち(日刊サイゾー)

もう20年くらい前になるが、全日本女子創立何周年記念かなんかでメインが小人プロレスという興業があり、引退していた有名な小人プロレスラーが何年かぶりにマットに上がっていた。

この興業をなんで知ったかというと、この団体の中継をしていた絡みからか、それまでは小人プロレスを綺麗にカットしていたフジテレビが深夜ドキュメンタリーの題材として扱ったから。
内容はそこに至るまでの何日間かをリトルフランキーとかが大学のプロレス研究会と過ごすというもの。試合では社長も一緒にリングに上がって、往年の絡み芸を見せていた。
挙げた記事でも著者が言っているが、年を取ると本当に足が痛くなってしまうらしく、下り坂は辛い、なんて場面もあった。

ブル中野とか井上京子がいて全女も何度目かの盛り上がりを見せていたし、深夜でもあったから扱うだけの余裕があったんだろう。

そこで「次代を担う小人プロレスラー」という若手が紹介されていたが、彼は今何をしているんだろう。生きていれば40過ぎのはずだけど。

アメリカでも「サーカスでフリークスを“展示”するのは差別だ」と人権団体が訴えたら、フリークの人たちから「それで展示が制限されたら、俺たちはまた家の奥に閉じ込められてしまう」と反発を受けて敗訴したということもあったそうな。それ以降、自分の意志で展示されている限り合法、という判例が出来たので大手を振って展示され続けたとか。

著者は小人プロレスに抗議する人たちを「自分たちを完全と思っている」と非難しているが、そこまで自意識過剰な人たちじゃないだろう。多分、単に「見たくない」だけなんだと思う。
ただ「不快」だというと差別っぽいから「良くない」と抗議するだけなんだろうな。
それを意識するだけでも「差別」に対する考え方が変わると思うけど、意識しないから抗議しちゃうわけで。

一度「こういう抗議を受けました、皆さんはどう思いますか」という番組でもしてみたらいいと思う。どうせ不況でスポンサー付かないんだから、「とても出来ない」番組をやってみるのにいい時期だと思うんだけどな。

ところでこの記事が載っている日刊サイゾーでは、記事の横にシークレットシューズの広告が出てしまうという、計らずして「おいおい」な状況に一瞬陥る。これも公共の電波には乗せられない文言かな。

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