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2008/09/21

さらば古典的ハードボイルド

訃報:ジェームズ・クラムリーさん 68歳 死去=米国の推理小説家(毎日jp)

北杜夫の「さびしい王様」で「英国紳士は晩年、暖炉の前でパイプを吹かしながら探偵小説を読む」という台詞がある。読んだ当時はよく分からなかったけど、「ミステリーを読んで『いいよなあ、事件解決すれば終わりだもんなあ』と思わないくらい悟った老境」ということなんだろうな、ということが最近分かってきた。
自分はそれほど悟っていないのでミステリーはほとんど読まない。
逆に言うと、そういうことに気がつかなかった頃は結構熱心に読んでいて、その頃にハードボイルド派の正当後継者として位置づけられていたのがジェイムズ・クラムリー。

彼は寡作家なので長編は全部読んだ、と思い込んでいたが去年の冬に「正当なる狂気」というC.W.シュグルー・シリーズの翻訳が上梓されていた。
シリーズもののもう1人、ミロ・ミロドラゴヴィッチものは4年前に出た「ファイナル・カントリー」が最後。「明日なき二人」でこの2人を競演させてからそれぞれ1作ずつ「後日談」を出した格好になり作風と異なってなかなか律儀な末期。

代表作「さらば甘き口づけ」は現代風の味付けはされているものの、内容は古典的なハードボイルド。評価が高いのはそのためかも知れない。
で、あからさまに古典的な「探偵さん」のシュグルーに対し、ミロは「老境になるまで信託財産を貰えないええしのボンボンで元警官」。酒と麻薬におぼれたオヤジで女には手が早い。「元警官」ってのは「格闘できる」という設定にリアリティを持たせるためとしか思えない。おそらく作者がそのままキャラクター化された主人公。あるいは作者の妄想が。
「作られたキャラクター」シュグルーが結婚して「落ち着く」のに対し、ミロは老境に差し掛かるにつれて元気になりモテるようになるのは、年齢とともに作者の妄想に拍車が掛かったからじゃないだろうか。最終作「ファイナル・カントリー」で執拗なエロ描写がある点なんかも「老人」っぽい。このシリーズは「ダンシング・ベア」以降は下降線っぽい感じがするけれど、おそらく作者の箍が外れたからでしょうな。そういう意味では「私小説」。でも彼の「私小説」だともっと傑作の非ミステリー小説「我一人永遠に行進す」があるんだけど、品切れですか?

「作者の妄想」以外でシリーズのアクション度が高くなっていった理由で思い当たるのはジェイムズ・エルロイの台頭とジム・トンプソンの再評価。警察の裏側から政治の裏側に至ったエルロイのスケールとトンプソンの倒錯を前にすると、クラムリーの作品は正当派に過ぎる。その殻を齢60を過ぎてからも破ろうとし続けたとしていたのなら、常に挑戦し続けたという点で凄いと思う。作風との融合がとれていなかったのはともかくとして。
確かに80年代で終わった人なのかも知れないし、Wikipedia日本語版にも彼の情報は載っていない。だからこそ「ハメット→チャンドラー→マクドナルド」ラインの正当後継者なんだろうな。もう「古典的ハードボイルド」は成立しない世の中なんだろう。

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