« スーパーサッカーに監督が出てたので書いてみた | トップページ | あとおびただしい数の指紋が付きます »

2008/07/21

元ちとせ・カッシーニ

カッシーニ

プロデューサーってのは多分2種類いると思う。
ミュージシャンの力を引き出すことを目的とするタイプと、対象となるミュージシャンに抱く自分のイメージをそのまま演じさせようとするタイプ。
前者は職業的にプロデュースを行っている人で、後者はミュージシャンが他のミュージシャンをプロデュースする場合に多いんじゃないかと思う。

何が言いたいかというと、今度の元ちとせのアルバム「カッシーニ」についてで、というか「ワダツミの木」で彼女を世に出した上田現が亡くなったものの、何か大きく影響はあるんだろうか、という危惧が多少あったから。

もっとも上田現はそんなに多くの楽曲をプロデュースしているわけでもないんだな。
ファーストアルバムからして、ほとんどの編曲は間宮工だし。しかし、この人は有名ミュージシャンの作品に多数参加しているのにキャリアの全貌がほとんど掴めないのが不思議。
さらに言うと、元ちとせはアルバムの枚数を重ねる毎に参加プロデューサーを増やしていく、という不思議な方式を採用していて、前回の「ハナダイロ」は5人。今回の「カッシーニ」は9人。凄いなあ。「元ちとせのアルバムをプロデュースしました」って言える人は1人もいないぞ。

ざっくり眺めてみると「職業的プロデューサー」と言えない人材は坂本龍一とChieftainsのPaddy Moloneyとアナム&マキの3人だけ。最後の人はよく知らないんですが、、、初プロデュース作品だとか。
なるほど無難な人選。

坂本龍一のプロデュース作品は「静夜曲」。他の曲とは明らかに毛色が違うモロにクラシカルな重厚路線だけれど「主人公は元ちとせ」という点は外していない。ただ「和風」を押しつけすぎてないか、という感じはする。
Paddy Moloneyは作曲はしてないんですな。作曲は間宮工。アレンジはアイリッシュ・ダンス。ヴァン・モリソン経由でしか彼らの曲は知らないけどバラッドも1曲欲しかった。つ〜か、みんな「元ちとせ版ケルティック・ウーマン」を期待していたんじゃないかなあ、という気も。「今まで無い曲だよな」と感じた辺りで元ちとせの声が聞こえて違和感は消える。
ところでCelticFCを「ケルティックFC」って呼ばないのは何でだろう? と今思った。
アナム&マキはおそらく一番「自分の作品」に近い。いや、聞いたことないんですけど。「ゲスト・元ちとせ」って感じになっている唯一の楽曲。おそらく今までこういう楽曲が元ちとせのレパートリーになかったからだとは思うけど。

というわけで、やっぱりほとんど違和感なく聞き通せてしまいました。
多分、アルバムプロデューサーというかアルバムコンセプトを一貫させているのは元ちとせ自身なんでしょう。「パッケージ販売」されない、という点で「ミュージシャン」なんですねえ。やっぱり。

« スーパーサッカーに監督が出てたので書いてみた | トップページ | あとおびただしい数の指紋が付きます »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/47427/41929704

この記事へのトラックバック一覧です: 元ちとせ・カッシーニ:

« スーパーサッカーに監督が出てたので書いてみた | トップページ | あとおびただしい数の指紋が付きます »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

Googleサイト内検索

観戦、旅行、その他諸々

フォト