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2008/07/14

次に目指すは日体協会長ですか?

川淵三郎会長退任のご挨拶(08.07.12)(JFA)

功績と言える「育成部門、普及部門の充実」はすぐに結果の出る部門ではないので、結局「代表監督でしくった人」以上の印象を覆せないまま退任。
「しくった人」だけじゃなくその選考課程を最後まで明確にしなかったことから「協会は閉じた団体」「ファン不在の団体」という印象まで残してしまった。

ただその代表監督選考がこの人の特質をよく表していたのかなあ、という気が今になってする。

自らが具体名を出したジーコがドイツW杯で事実上失敗し、その責任を問われて「会長の仕事は代表監督選びだけじゃない」と返していたが、それはそれで間違ってはいない。
ただ浮き沈みがあり話題性も高い代表監督選考に会長の具体的な指示が及んでしまうという組織だった、というのがそもそもの間違いだったわけで、会長が「誰がいい」と言うとそれが通ってしまうのなら、どうしたって「会長自ら責任を取れ!」という話になる。
となれば「責任論」をうやむやにしてくれたオシム前監督が代表チームに関して会長以上の権力を事実上握ってしまうのも当然。会長自ら三顧の礼を持って迎えた監督を「協会スタッフの1人」として周囲が扱えるわけがない。オシム前監督が優秀な監督だったというのは単なる幸運に過ぎない。

ただ、会長自身はよかれと思って口を挟んだことだと思う。
会長が優秀な人物であることは間違いないだろうから、指示することに慣れていたんだろう。逆に言うとスタッフたちは会長から指示されることに慣れていた、ということか。
だから世間がキレたときに会長自身は「何で?」とすら思ったかも知れない。
「采配にまで口出したりして無いじゃないか」くらいのことは思ったかも知れない。
色々物議を呼んだ代表チーム評価に関しては「聞かれたから答えたんだ、意外に気さくだろう?」くらいに思っているかもしれない。
自分の虚像と実像のギャップを把握しきれなかった、あるいはコントロールできる程政治的には振る舞えなかったという点で、オシム前監督が言っていた「純粋な部分」がまだ残っている人だったとも言える。

決定権をある程度分散しておく、という行為は自分が気に入らない決定でも相手を論破できなければ組織のトップでも呑まざるを得ないという点で「器の大きさ」が試されることでもあると同時に、言葉は悪いが
「『切れる馬謖』を作っておく」
という自己保身にも繋がる。で、その中の「切られなかった馬謖」を後継者として据えればいいという政治的な行為でもある。

こういったことが出来なかった、という点で川淵会長は「政治的に振る舞う」ことなど思いもよらない集合体だった古き良き協会の一部分をまだ内包している人だったのかも知れない。

しかし「日本体育協会の加盟団体ではあるもののそれを凌ぐ程の巨大スポーツ団体」という存在はおそらくJFAが初めて。
そういう意味では「日本サッカー協会会長」という職に世間が感じる大きさを扱える会長は「JSLを知らない世代」まで待つ必要があるのかなあ、という気がする。その頃に自分は生きちゃいないかも知れないが。

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