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2008/01/22

19世紀の村上隆

1/19の「美の巨人たち」(テレビ東京)のテーマは陶芸家・宮川香山。
明治初期即ち日本伝統の工芸品が重要輸出品だった頃に陶芸家としての最盛期を迎えるという偶然により、その作品の多くを「輸出用」として製作することになる興味深い経歴の人。
リアル極まりないカニを水盤の装飾に加えてしまうという超絶技巧の持ち主だったが、そんな作風が「ジャポニズム」好きの外国人達に高く評価され「輸出用陶器」の第一人者にのし上がった。
国策産業の発展に寄与した事から生前は名士として一世を風靡したが、国内における作品の評価は「外人受けを狙った作風」「本当に貴重な陶磁器を流出させないための防波堤」というものが主流だったようで、死後は創始した神奈川真葛が3代で途絶え、ほとんどの作品が海外にあるためもあってか再評価はされないままに忘れられてしまった。
ちなみに「リアル」で知られるタイプの真葛焼は生産効率が悪い事から後期には作られなくなり、オーソドックスな作風に戻る。二代目香山も後期の方の作風を継いでいたことから、余計に初期の「徒花」感を強めたようだ。
そして皮肉なことに、大抵の好事家が覚えているのは「徒花」とされた初期の作品だったりする。

再評価、と呼べるのはバブル期にいい加減買うものもなくなった人向けに明治期の工芸品が「再評価」されたあたりから。
自分も芸術新潮で10年以上前に「宮川香山、国内初の大展覧会」みたいな特集を目にした覚えがある。

こんな感じで国内と海外における評価にかなりのギャップのある(あった)人で、ある意味村上隆の先輩。
彼の作品がなかなか評価されなかったのは、日本では超絶技巧工芸品が割と当たり前に手作りされていた時代が長かったせいもあるだろうし、「茶の湯」が上流「歌舞伎者」は下流という歴史文化に対する認識が強かったせいもあるだろうと思う。
わびさびな茶室にリアルなカニを飾ろうとは思わないだろうからねえ。
高村光雲の作品みたいに純粋な彫刻だったら国内でも評価されていたかも知れない。

だから彼の作品が再評価された時期が、日本社会で「手作りの超絶技巧工芸品」が滅びゆく文化となってしまった時期と重なったのは偶然ではないと思う。

だから村上隆もジャパニメーションが衰退期、「古き良き日本」の象徴になった辺りで再評価されるのかも知れないな。本人は生きちゃいないだろうが。

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