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2006/12/31

血の轍

俳優 松田 龍平〜日本映画界を牽引する若き才能 (nikkei BPnet)

松田龍平が「探偵」を演じるそうな。
「商店街のフィリップ・マーロウ」工藤俊作(Wikipedia)とは真逆の探偵さんらしいが、それでもある種の人々にとっては「松田」+「探偵」って組み合わせだけで強い磁力が発揮されてしまう。

そんな元祖「松田探偵」の父親は、古くは故・古尾谷雅人あたりから、最近では木村拓哉に至るまで「ハードボイルドチックヒーロー=松田優作の完コピ」というくらいに強い影響力を持っていた。阿部寛の今があるのも、彼の存在抜きには語れないという。

ところが、本人はその圧倒的な存在感によって元々持ってた「修羅場くぐり抜けてきました→非日常」感が増幅されてしまう事を「演技の幅が狭まってしまう」と危惧していた、というようなことをインタビュー集「優作トーク」(Amazon.co.jp)で語っている。
「非日常な存在」を演じることに苦労している役者達にしてみれば、誠に贅沢な悩み。
結局、本人は「非日常な存在感」はそのままに修羅場感触を取り除く、という手法で次のステージに移ってしまった。
その融合体が「ブラック・レイン」での悪役・佐藤で、ストーリーからすれば国辱物の映画を彼の存在一発で救って見せた。

んで、息子さん。
昨夜テレ東で放映していた「恋の門」(Amazon.co.jp)を見た限りでは、存在感はそのままに父親が苦労して取り除いた「修羅場感」は最初から無い。
最初から父親の「次のステージ」。
風俗にいても、みっともない濡れ場を演じても、ゲロを吐いても、平泉成に殴られて宙を舞っても、日常から遊離しっぱなしの不思議な存在感は汚されない。
競演の酒井若菜を始めとした芸達者たちを向こうに回して、喰われる、という事が全くない。

監督にも脚本家にも申し訳ない言い方だが、彼がいる、というだけでこの映画はどこか特別な物になっている。もちろん、それを活かした作りになっていることは認めた上で。

早い話が「主人公」になるために生まれてきたような俳優。それが松田龍平という人なんだろう。
世の中は不公平に出来ているなあ、と改めて思う。本人のせいじゃないけど、という点で余計に。

その「恋の門」で競演した塚本晋也のラブコールに応えた「悪夢探偵」。
なんか最初から彼を想定して書かれたような役だが、そういう扱いで圧倒的に正解なんだと思う。

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