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2006/09/26

No Direction Home

(Amazon)

前回のテリー本に続き、今更レビュー第2弾。
内容はデビューからバイクで転けて休養に入るまでをボブ・ディラン自身と関わった人物へのインタビューに音源や映像を絡めて綴ったもの。
ロビー・ロバートソンの親友で「THE LAST WALTZ」(Amazon)の監督も務めたという点で適役のマーティン・スコセッシが全面監修。
初っ端にアップルマークが出てきて驚くが、元々はアップルプレゼンツのテレビ番組だったから。
アップルCEOのスティーブ・ジョブズは熱心なディランファンで
「彼が芸術家になったのはいつまでも『風に吹かれて』と同じ事を繰り返してもダメだ、という事に気が付いた時」
ということをよく言っている。だから企業も変化し続けなけりゃだめなんだ、と経営戦略に芸術家の論理を絡めてしまうところが彼のカリスマたる由縁なんだが。
ちなみにディラン自身もこのドキュメンタリーの中で「芸術家はいつもどこかに向かう過程にいなきゃいけない」と語っている。

スコセッシがインタビューで
「ある芸術家の成長記に仕上げたかった」
と語っているとおり、都会かぶれの田舎者が如何にして世界中のロック・ミュージシャンを犬畜生扱いできてしまう伝説の偉人になることが出来たのかが裏表含めて分かる作りになっている。

その理由というか条件とは?
才能ってのはもう自分ごときがどうこう言う話ではないので置いておくとして、まずバイタリティ。
ユダヤ人だと差別されるとわかると本名を捨てて芸名を名乗り、欲しいレコードが売っていないとなればコレクターの家に忍び込んでかっぱらい、尊敬する人物(ウディ・ガスリー)の入院先に押しかけ、業界に顔の利く人物の元に何度となく通い、人に歌を聴いて貰うために奇人変人ショーに混じって演奏する事も厭わない。
そしてしたたかさ。
経歴を詐称していたのは有名な話。さらに彼の専属マネージャーとして有名なリチャード・グロスマンは元々金儲けのためにディランを利用するつもりだったが、他のフォークミュージシャンと違って全く意のままにならなかったディランに気が付いたら利用される立場に置かれてしまった。
「博愛の人」スティーヴィー・ワンダーは実は凄い頑固者で、同じく頑固者のベリー・ゴーディ(モータウン創業者)すら扱いに手を焼いたというエピソードを思い出す。
確かに記者会見とかでの即意答妙のやり取りを見ると相当に扱いづらい人物である事は推測出来る。ジョーン・バエズですら「付き合いづらい」って言ってるくらいだし。
あとは「最初から他人(ボブ・ディラン)をずっと演じ続けていた」と言われる自己プロデュース能力ですか。

というわけで、結局ビジネス界でも成功の秘訣みたいに語られる素質が備わっていたから成功したんです、というなんか今ひとつ面白くない結論が出てしまう。
もちろん自分の才能を担保にしての成功ではあるものの、多分音楽ジャンルに進まなくても成功した人なのかも知れないな。

で、エピソード系で面白かったことを何となく書いてみると、
彼をコロムビアにスカウトしたのは、カウント・ベイシー、ビリー・ホリデイからアレサ・フランクリンという20世紀の巨大な才能を発掘し続けたジョン・ハモンド。
1stアルバムをプロデュースした後は、特にこれといった面倒を見てくれなかったらしいが、確かアレサ・フランクリンも同じ目にあっている。飽きっぽい人だったのか?

ニューポート・フォーク・フェスティバルでバンドを従えて演奏したら大ブーイングを喰らって一時退散、その後アコギに持ち替えて泣きながら「It's all over now, Baby Blue」をフォークへの決別ソングとした歌った、というのが知られた伝説だが、共演者によると「ブーイングしてた客は全体の3分の1くらい」。客席全部がブーイングに覆われたのは映像で観る限り3曲演奏しただけで引っ込んでしまったから。で、泣いたのは楽屋でピート・シガーが激怒していると聞いて動揺したかららしい。ただ、何で引っ込んだのか、何で泣いたのかは本人の口からは語られない。
ちなみにピート・シガーは激怒してスピーカーケーブルかなんかを斧で切ろうとし、止められるとクルマにこもってしまった、、、が激怒したのは確かだけれど、クルマにこもったのは補聴器を付けていた父親が大音量にびっくりしたからだとか。
どうも「ブーイングを喰らった、ピート・シガーは激怒」が一人歩きしたっぽい。
結局そういう形の報道がどんどん大きくなって、イギリス公演では「フォークの裏切り者とアメリカで呼ばれた人だから裏切り者」ということで本当にブーイングの嵐。
後半のエレキパートで出てきた客が「クソだ」という映像が山ほど流れる。でも今頃いいオヤジになった連中は伝説を見逃した事を後悔しているだろうなあ。ディランがあの頃の曲をアルバムアレンジそのままで演奏することってもう無いからなあ。

「ブーイングなんて平気だ」とインタビューでは語っているが、イギリスでの移動中に「ブーイングがうるさくて音あわせが出来ないぜ、何でチケットが売り切れたんだよ」とぼやくシーンがあったりするから全く平気って事でもなかった模様。

ディランと噂になったスージー・ロトロとジョーン・バエズは年を取っても大変な美人。面食いなんだね。

ところで「商業的」と言われたフォークからの転向だけれど、これをしなけりゃその他大勢のフォークシンガーと共に歴史に埋もれていたわけで、フォークファンよりも更に大きなマーケットを掴んだ、という意味では確かに「商業的」。
表現したい事がギター1本では収まらなくなったからという理由はあったにしろ、そういう嗅覚の持ち主でもあったという点でも「成功」は約束されていたんでしょうな。
それまでのマーケットを捨てても大きなマーケットへ挑戦した、という点で確かにジョブズが経営戦略家として見習うことに間違いはないのかも知れない。

スコセッシによるとパート2も準備中だとか。今度は現在に至るまでらしい。キャリア年数で考えるとパート3まで無いと難しい気がするけど、80年代以降はこれといった伝説的エピソードが無いからいいのか。

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