« その男を育てたのはクロアチア人 | トップページ | セレソン・ド・ブラジウ »

2006/05/17

マック追悼(法要に向けて)

17日にメジロマックイーンの法要(サンスポ)

メジロマックイーンはナリタブライアンの引退くらいまで続く競馬ブームの中盤に登場し、2歳年上のオグリキャップから「競馬界ナンバーワン」の跡目を継ぐことになった。

同世代にはメジロライアン、ホワイトストーン、アイネスフウジンといったブーム牽引役の有力候補が別にいたが、成績が芳しくないか、すでに引退しているという状況だったので、今のところ一番強そうだから、というノリから周囲(というかマスコミ)に勝手に期待された。
「競馬界の常識」に則って活動することが普通だったマックイーン陣営にしてみれば迷惑な話だったろう。

しかしブームで競馬に引き込まれた初心者にとって良かったのは、まさにその点。
要するにマックイーンという馬が「距離適正」や「ローテーション」といった競馬界の常識に則ってその競走生活を送ってくれた事で、ベテランにとっては常識とされていたことをこの馬にひとつひとつ教えてもらった。

結局そういった「玄人の論理」での活動に「天皇賞秋・大斜行事件&日本代表としてJCで振るわず&有馬で単勝万馬券に貢献」と期待を裏切り続けた成績が相まって、気が付くと「競馬界ナンバーワン」の座は華々しく登場したアイドルホース・トウカイテイオーに奪われた。陣営にしてみれば雑音が減った分、むしろ幸いだったろうが。

そんなトウカイテイオーを天皇賞春であっさり破り、さて秋天という矢先に故障&長期休養。

その隙にテイオーは秋天で敗れながらもJCを勝つなど、アイドルとしてのツボを心得た活動を送った。個人的には「買いにくい馬だなあ、お前」ってなもんだったが。

翌年は当時テイオー並みの人気を誇ったミホノブルボンを菊で破った高速ステイヤー・ライスシャワーと悪役同士の春天。(テイオーとブルボンは故障休養中)
ここで3連覇を阻まれ、悔し紛れにメンバーの揃っていなかった宝塚を制するものの、秋天を目前にしてまたも故障。
京都大賞典で後のJC馬・レガシーワールドを寄せ付けず、レコードで制するという鮮やかな復活劇を見せたあとだっただけに、陣営は現役続行も視野に入れていたらしいが、年齢的に厳しいということと、既に種牡馬としての繋養先が決まっているという事情もあって、結局引退。ウィキペディアでも指摘されているが、つくづく間の悪い馬だった。

そんな中、絵になるアイドルホース・トウカイテイオーは復活レースの有馬記念を制するという離れ業を演じ、最後まで「役者の違い」を見せてくれた。
しかも、この時騎乗していた田原成貴が後に覚醒剤取締法&銃刀法違反で現行犯逮捕されたことで、引退後数年経ってもその名前が大きく報道される羽目になった。
「報道される事が似合う」星の下に生まれていたんだろうな。

やはりウィキペディアからの引用だが、引退後のマックイーンは同じ社台に繋養されていた気性の荒いサンデーサイレンスと仲が良かったのだという。
器の大きい常識人として「大人の付き合い」を教えてやったんだろうか。歳はマックイーンの方が1つ下だったが。

ところで以前、北野武がライスシャワーの死に関して
「潰される馬の方が多いんだから、GI馬の死を悲しむ事は偽善だ」
という意味の発言をしていた。
彼らしいレトリックだが、これを全ての生活に適用するとペットの死にも、親しい人間の死にも
「もっと報われない死に方をした動物&人は沢山いるんだから、泣く事は偽善だ」
という意味にもとれる。
だから彼は母親の葬式でも全く悲しむ事はなかったんだろうね。あれだけ立派な息子達を育て上げたんだから。

ところでとてもどうでもいい個人的な事として、自分がMacユーザーになったのは、好きだったマックイーンと同じ「マック」という呼び名がきっかけだったりする。

« その男を育てたのはクロアチア人 | トップページ | セレソン・ド・ブラジウ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/47427/9898803

この記事へのトラックバック一覧です: マック追悼(法要に向けて):

« その男を育てたのはクロアチア人 | トップページ | セレソン・ド・ブラジウ »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

Googleサイト内検索

観戦、旅行、その他諸々

フォト