A Time 2 Love(正論の人)
ある程度リベラルに足を踏み入れた米国在住のクリエイターなら時の共和党政権を批判するのがお約束。
だから今やアメリカのエンターテイメント業界はブッシュ批判花盛り、、、という程でもないようだが、それでもショウビズTodayで映画のヒットチャートを見ていると、大抵ベスト10の中には「今のブッシュ政権を皮肉った、、、」なんてナレーションで紹介される作品が登場する。
ただ、マイケル・ムーアみたいに直截的にやりすぎると、一番見て欲しい人たち(親ブッシュ派)は見向きもしなくなるのが問題、と言っていたのは町山智宏。
だが、彼等も「スターウォーズ」なら見る。
だからジョージ・ルーカスが「エピソード3」に、新聞を斜め読みする程度の知識がある人間なら誰でも分かる程度にブッシュ批判を盛り込んで「今、ちょっとヤバくない?」と客に再考を促そうとした事には意義がある、という風に彼が話を展開させていったのはちょっと感動した。
しかも粘着くん相手のコメントで。
ちなみに似たような事をジョージ・A・ロメロが「ランド・オブ・ザ・デッド」で行っているが、こちらは「ゾンビになるほうがマシじゃない?」という究極の選択に客を追い込むシニシズムが心地よい傑作になっている。
んで、30年以上前に
「夢の都なんざゴミためじゃねえか」
と言い放ったりした「社会派続けてウン十年」のスティーヴィー・ワンダーもやはり、と言うべきかブッシュ批判らしきものを取り上げた。
が、こちらもアルバム1曲目「イフ・ユア・ラブ・キャン・ノット・ビー・ムーヴド」ではかなり直接的に批判しているが、その後は、
「ブッシュ1人を批判すれば済む話じゃないよ」
と社会全体への問題提起とイメージを膨らませていく。
例えば、彼が先行シングルとして発売し、殿下とアン・ヴォーグのゲスト参加で話題となった「ソー・ホワット・ザ・ファス」では、誰かを批判するのではなく
「ひとりひとりが考えて行動しよう。」
と呼びかける。
要するに、
確かにブッシュは悪者かも知れない、じゃあ何でブッシュが選挙で勝つ世の中になったのかな? その責任の一端が自分には無いと言えるのかな? そう言えるだけの行動を君はしたのかな?
という訳だ。
日本に置き換えれば、小泉は嫌いだけど地元の自民党議員には投票しないとね、なんて半端な事やってんじゃねーぞ、ということだ。
ライナーノーツでは「愛の人」なんてヌルい言い方をしているが、冗談じゃない。
まさに根本敬言うところの「正論の人」。
色々事情が重なって結果的に10年ぶりになってしまった本作「タイム・トゥ・ラブ」。「to」を「2」にしたり、「Love」をハートマークにしているところが殿下世代には嬉しい。
もっとも殿下自身は先に挙げた「ソー・ホワット・ファス」にギタリストとして参加しているだけだが。
この曲、殿下がゲイリー・シャイダーばりのギターソロを披露しているんだが、スティーヴィーが殿下に呼びかけるとギターソロのパートに移る、というPファンクっぽいギミックを繰り返していて面白い。
それ以前に「正論の人」でありながら「基本的にはスローナンバーの人」扱いされるスティーヴィーが、ファンク・チューンをアルバムの前哨戦として選んだ、という点が嬉しい。
確かにバラードを得意としてはいる人だし、今回のアルバム中にも「ムーン・ブルー」「プリーズ・ドント・ハート・マイ・ベイビー」「トゥルー・ラブ」といった都会派甘茶系、朝の通勤BGMには無理がある艶っぽい曲が収められているが、元々そういう人でない事はスライ・ストーンと「ホワッツ・ゴーイン・オン」のちょっと後、そしてパーラメントのちょっと前にリリースされていたスティーヴィーの70'S傑作群が彼等と肩を並べてブラック・ミュージックに普遍的な影響を与えている事からも分かる。
センチメンタルなバラード歌手にはとても望めない多様性を持っているからこその影響力。
その方向性にちょっとばかり狂いが生じたのは「心の愛」「パート・タイム・ラヴァー」のヒットあたりからか。
まあ、この辺りの曲で彼の事を知った人間としてはやり玉としてあげるのは心苦しいが、本当の事なんだから仕方ない。
その後、スティーヴィーがクリエイティブ面では全体的にスカだった80'Sという時代に飲み込まれたままでいたことを思えば、今回の先行シングルにこれを選べたという事は呪縛が解けたことの証明なんだろうなあと、感慨深く聞く事が出来た。
勿論、スティーヴィーはジョージ・クリントンではないのでアルバム全部がファンク一色という事はない。
ファンキーにブッシュを批判する1曲目、ブラコンなんて言葉を思い起こさせてくれるミドルテンポの2曲目、甘茶系バラードの3曲目、ハーモニカが泣かせてくれる4曲目でミドルテンポに戻り、5曲目は再度甘茶系。6曲目でまたファンク・チューン、(全部挙げていくのも何なので中略)正論の人による「でもやるんだよ」宣言とも言えるポップ・チューンの14曲目「ポジティヴィティ」、そして、ドラマティックに締めると見せかけてリズムトラックを最後まで引っ張るという予想外の淡々とした余韻の残し方を見せるタイトル曲へ。
この構成の巧みさはベテランの味、というか、いろいろなタイプの曲を作れるから「構成」することが出来るんですね。
こういう風に構築されたアルバムを聞くのも久しぶりだったから、飽きずに聞けているのかも。
しかし、ここまで書いてきてなんだが、ひょっとしたら
「もっとも影響力のあるミュージシャン」
だった頃のスティーヴィーを知らないからここまで飽きずに聞けるのかな、とも思う。
出すアルバムというアルバムがショッキングだった殿下をリアルタイムで知っているから、今の殿下は逆に聞けない、、、事もないけど何か寂しい、という思い入れが無いから、みたいな。
いや、いいんですけどね。
缶コーヒー「ファイア」のCMでスティーヴィーを知った人が裏切られないだけの「商品度」はちゃんとあるし。
買って損無し。
まあリッピングも普通に出来るからCDの方(Amazon.co.jp)をどうぞ。
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