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2004/11/25

10年遅れの喝采

Road_to_Hongkong.jpg

撮影監督が現場で如何に大きな権力を持つか、ということはこのインタビューでもよくわかるが、観客の側に立ってみればいくら大きくクレジットされていてもその名前を覚えることはほとんど無い。

だから技術解説書以外に彼等の名前が大きく出た書籍はほとんど存在しない。
この本はその数少ない例外に当たる。

西本正の日本国内における活動は、終戦直後に設立されて10年程度で潰れてしまった弱小映画会社・新東宝に限られる。
その後は香港に渡るが、当時の香港映画は東南アジアくらいしかマーケットが存在しない状況だった。

つまりハリウッド、とまでいかなくても当時の日本のメジャー会社と契約している撮影監督と比べれば、世界的大作に関わる可能性は限りなく低い経歴だったわけで、実際に「代表作」と言える作品は2本しかない。

ところがその代表作が「東海道四谷怪談」と「ドラゴンへの道(在庫切れ。。。)」という世界遺産だった。

これだけの作品に関わりながら、上記のような事情からそのキャリアの全貌が分かるような資料はほとんど無かったので、このインタビュー自体はかなり貴重なものといえる。

ただし、あくまでインタビューなので興味深い話は端々に出るものの、結局詳細な話となるのは四谷怪談に関するエピソードくらいで、その他の映画に関しては覚え書き以上の内容にはなっていない。

これはインタビュアーの興味がそちらに偏っているからだと思うが、「ブルース・リーのカメラマン」という前知識で読んだ人間は肩すかしを食らうだろう。

さらに日本特撮ヒーローのZ級パクリ映画として一部好事家の間で評判だった「中国超人インフラマン」が遺作に当たるという何とも言えない事実が出てくるんだが、インタビュアーは「中国版スーパーマンですね」って感じでさらりと流している。

西本さんのフィルモグラフィーから判断する限り、山根貞男と山田宏一では香港映画に関する知識が話の引き出し役としては乏しすぎたんじゃないかな。
香港時代のエピソードに関しては2人ともただ聞いてるだけになってるし。

しかも初出が1987年。
事実関係の確認に手間取ったのかも知れないが、それにしても遅すぎるなあ。
せめて存命中にまとめて欲しかった。

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