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2004/09/16

もう死んじゃったのか

宅間守の死刑が早々と執行されたとか。

「犯人は間違いなくこいつだし、本人も希望しているし、知名度もあるし、罪はどうしようもなく極悪だし」ということで、法務大臣がハンコを押しやすくするためのあらゆる条件が揃った、ということだろう。「見せしめだ!」という意見もあるが、そういう部分もあるだろうね。

あまりに早い執行のおかげで、廃止論者の意見が新聞紙上に花盛りになったりするのも逆説的で面白い。

人権監視団体の主張にはいつも無理があると感じるんだけど、これは「独裁者の気分で、あるいは容疑者の主張は一切無視して、あるいは降伏した捕虜に」執行される死刑と、「5人でやめとくつもりだったけど、ついでだからもう1人殺してみました」という奴に対する死刑を一緒くたにして「死刑反対」と叫ぶからで、結果としてBBSに煽り書き込みを呼びこむくらいの効果しかない。

殺人という行為は、そんなに浮世離れした行為でもない。
交通事故の死亡者の数を見ればそれが分かる。
あなたも今週末のドライブで誰かを殺してしまうかも知れない。

でも、そんなあなたが死刑になることはまず無い。少なくとも日本では。
日本に限らず、法整備が出来ていて、それがある程度きちんと運営されている国家だったら、まず無い。
こういう国家では、基本的に
「この人を野放しにしておくと、治安が保てそうもない」
という人物に対して死刑判決を下すようになっているからで、何とかなりそうな人物には「刑務所で反省してくれ」と懲役刑が下る。
従って
「死刑は犯罪の抑止力にならない」
という意見にも当てはまらない。この意見は
「何でもかんでも犯罪者はとりあえず死刑」
という国家を相手にした場合にのみ有効な意見だ。

だから日本では
「間違いないよう、また被告本人の主張も考慮したので確定まで十数年かかりました」
という裁判もあるわけで、そこまでして決めた刑罰に対し、
「とりあえずそういう立場だから」
と反対意見を表明するのは、かなり間の抜けた行為だ。

もちろん、心から死刑廃止を唱える人もいる。
「人は更正できる」
「人が人を裁くのは間違いだ」
多分に宗教(特にキリスト教)がかった、あまり根拠がない意見で、こういう人には
「じゃあ、その死刑囚の面倒はあんたが責任を持って一生見てくれ」
以外に言い様がない。

「国家による報復行為はよくない」
という意見もあって、国家反逆罪はそれに伴う大量殺人などで死刑判決を受ける可能性はあるけれど、それだけで死刑になることはあり得ない。だから
「国家が被害者に代わって報復行為を行うことは良くない」
という意味なんだろうが、それでは被害者の親族なら良いのか、それとも「我慢しろ」ということなのか。

結局、廃止論者の意見で一番弱いのは
「極悪行為を犯した奴が出所して、同じ極悪行為を働かないって保証があるのか」
という素朴な疑問に対する一発回答が存在しない、ということだろう。

存在しないから死刑や終身刑があるわけで、存在するのなら裁判よりも、犯罪防止に活用されているはずだ。
ちなみに、廃止論者の中で「死刑を廃止して、終身刑を導入」という意見は少数派なんだそうだ。

とはいうものの、廃止論者はこんなことを考えもしないのかも知れない。性善説に基づけば人は更正するはずだから、二度と罪は犯さないんだ、と。何度も罪を犯す人間が現実にいるんだけどね。

アレックス・コックスが、こういった人たちの意見を上手く集約している。
「リベラルは人間精神の可能性を信じている。“僕らはこんなにもすばらしい、ただ天国へ帰る道さえ見つかれば”なんていうわけだが、天国なんて無いのにね。」

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